? 脳科学最新ニュース/|慶応大など、薬剤誘発性の認知機能障害の予防手段を発見

最新の脳科学情報はトップページからご覧いただけます↑↑↑



脳科学者  澤口俊之氏による脳科 学情報

脳科学最新ニュース一覧

慶応大など、薬剤誘発性の認知機能障害の予防手段を発見

マイコミジャーナル 10月7日(金)7時10分配信

慶應義塾大学は10月5日、名城大学と共同で、「抑制性神経細胞」をマウスの大脳に移植することにより、統合失調症の病態を反映すると考えられている薬剤誘発性の認知機能障害を予防できることを明らかにした。抑制性神経細胞とは、脳の多くの神経細胞の「興奮性神経細胞」とは逆に、つながっている相手の神経細胞の働きを弱めて活動を抑える効果を持つ。慶應義塾大学医学部の仲嶋一範教授と、名城大学薬学部津の鍋島俊隆教授らによる研究で、成果は米神経科学雑誌「The Journal of Neuroscience」10月5日号(米東部時間)に掲載された。

統合失調症は、人口の約1%が発症するといわれる頻度の高い疾患だ。人生の早期に発症して長期的に経過するため、本人や家族にとって大きな負担となり、社会的な損失が大きいことでも知られている。薬物量が相応の効果を持つものの、効果が限定的であるケースや、既存の治療に抵抗性であるケースも多くあり、さらなる治療法の開発が強く望まれている現状だ。

統合失調症の精神症状として、これまでは「陽性症状」と「陰性症状」が知られていた。陽性症状は、幻覚や妄想などの本来あるべきではないことが現れるもので、陰性症状は意欲がなくなったり感情の起伏が乏しくなったりと本来あるはずの正常な能力が低下するものである。しかし近年、この2つに加えて認知機能障害が注目されるようになってきた。

認知機能障害は、問題解決能力や現実検討能力に関連しており、長期的な予後に大きな影響を与えてしまう。また、認知機能障害は、陽性症状や陰性症状が生じる前から存在するため、発症の結果というよりは、発症につながる脆弱性を示すと考えられている。しかし、認知機能障害を治療するための手段は極めて限られてしまっているのが実情だ。

話は変わって脳の中の神経細胞についてだが、冒頭で述べたとおりに抑制性と興奮性の2種類がある。抑制性神経細胞の神経伝達物質は、多くの場合「γアミノ酪酸」(GABA)だ。抑制性(GABA作動性)神経細胞は、興奮性神経細胞の働きを調節することで、認知機能に重要な働きをしていると考えられている。

脳の神経ネットワークの中では、興奮性と抑制性の神経細胞がバランスよく働くことが重要だ。この興奮と抑制のバランス(E/Iバランス:balance   of   excitation   and   inhibition)の乱れが、精神疾患における認知機能障害や行動の障害につながっているという考え方が最近注目されている。

脳の中でも特に大脳前頭前皮質は、高度な脳機能に重要な部位だが、統合失調症の死後脳を用いた研究で、前頭前皮質での抑制性神経細胞の以上所見が繰り返し報告されている。このため、前頭前皮質での抑制性神経細胞の機能の低下が、統合失調症の認知機能障害の要因の1つとして想定されている形だ。

一方、「フェンサイクリジン」(PCP)を初めとする「NMDA受容体阻害役」は、正常な人においても統合失調症の陽性症状と陰性症状のみならず、認知機能障害に類似の症状を引き起こすことが報告されているため、PCPを投与した動物は統合失調症のよいモデルとして知られている。なお、NMDA(N-メチル-D-アスパラギン酸)受容体とは、グルタミン酸受容体の一種で、脳の中に豊富に存在して、神経伝達物質のグルタミン酸によって刺激される受容体だ。NMDA受容体阻害薬は、このNMDA受容体を介した神経伝達を選択的にブロックしてしまう機能を持つ。

NMDA受容体阻害薬をマウスなどの実験動物に投与した際にも、認知機能障害を含む統合失調症様の症状が再現される。NMDA受容体阻害役によって認知機能障害が引き起こされる際に、前頭前皮質の抑制性神経細胞の活動が低下することが報告されており、抑制性神経細胞の活動低下は認知機能障害を引き起こす原因である可能性も考えられている。

以上のことから、前頭前皮質の抑制性神経細胞の機能低下と統合失調症の認知機能障害が関連している可能性は示唆されていたが、実際に両者に因果関係があるのかについては、これまでのところ知られていなかった。そこで、研究グループでは抑制性神経細胞の基になる細胞を移植するという方法を用いて、実際に抑制性神経細胞の数を増加させ、統合失調症様の認知機能障害を予防できるのかを明らかにする実験を行った。

実験では、NMDA受容体阻害役であるPCPをマウスに投与した際に誘導される認知機能障害に対し、あらかじめ抑制性神経細胞を移植して増やしておくことが、抵抗性を高める上で有効なのかどうかを調べた。

脳の発生過程において、大脳皮質の抑制性神経細胞の多くは、前駆体である「内側基底核原基」(Medial   Ganglionic   Eminence;MGE)で生まれる。研究グループでは、発生中のマウス胎児(胎生13.5日目)の脳から、MGEの細胞を取り出し、出生直後(生後0日)の生まれたばかりのマウスの前頭前皮質に移植した(画像1)。その後、マウスの思春期に当たる生後6週まで生育したマウスの脳を調べたところ、前頭前皮質に移植したMGEから作られた抑制性神経細胞が定着して、移植されたマウスの脳内の神経回路に組み込まれていることが確認された。

そこで、生後6週においてPCPの投与と行動解析を実施し、PCPによって引き起こされる認知機能障害への効果を解析した。すると、MGEの細胞を前頭前皮質にあらかじめ移植しておいたマウスでは、PCPによって引き起こされるはずの認知機能低下が起こりにくくなったのである。

また、PCPが引き起こす共学反応の「プレパウス抑制」(統合失調症において障害されることが多い)の低下についても、MGE細胞を移植しておいたマウスでは起こりにくくなった。

これらのPCPに対する予防効果は、抑制性神経細胞ではなく興奮性神経細胞を生産する前駆細胞を前頭前皮質にあらかじめ移植した場合には、確認されていない。また、MGE細胞を前頭前皮質ではなく大脳皮質の別の場所に移植した場合にも予防効果はなかった。

つまり、前頭前皮質にMGE細胞を移植した場合にのみ、PCPに対する予防効果を得られることが明確になったのである。

なお、抑制性神経細胞を移植によって増やすと、移植された部位では興奮性神経細胞は通常よりもさらに抑制されるようになると想像されるところだが、今回の研究では逆に一部の興奮性神経細胞で活動が上がっていることも判明した。

また、PCPが引き起こす共学反応の「プレパウス抑制」(統合失調症において障害されることが多い)の低下についても、MGE細胞を移植しておいたマウスでは起こりにくくなった。

以上の結果により、移植され定着した抑制性神経細胞は、移植された組織の中の神経回路のリズム活動に影響を与えるなど、神経回路を構造的、機能的に再構成することによって、PCPに対する予防効果を発揮したのではないかと考えられている。

また、今回の研究では、移植された神経細胞の多くが、「ソマトスタチン陽性細胞」/「リーリン陽性細胞」という、特定の特徴を持つ抑制性神経細胞に分化したということも興味深い点と研究者たちは報告した。特にリーリンについては、これまで統合失調症や自閉症を初めとする多くの精神疾患との関連が示唆されている分子であり、NMDA受容体を介したシグナル伝達を強化することも知られている。そのため、今回観察された、PCPによる認知機能障害の予防のカギが、リーリンであった可能性も考えられるとした。

しかし、移植された抑制性神経細胞が、PCPによる認知機能障害をどのようにして防いだのかについては、さらに解析を進める必要があるという。その一方で今回の研究により、抑制性神経細胞の数を増やすこと自体が、統合失調症様の認知機能障害に対して予防的に働くことが証明されたことから、今後、現在では治療手段が限られている統合失調症の認知機能障害を改善するための方法を開発する上で、大きなヒントになると見ている。

なお、今回の方法を直接そのまま人の臨床治験に応用することは決してできないわけだが、成人の脳で自然に起こっている神経細胞新生を活性化させ、前頭前皮質での抑制性神経細胞の数を増やすような薬剤や手法の開発は実現の可能性はあるとした。また、試験管内で多能性幹細胞から作られた抑制性神経細胞やその前具細胞を用いた治療が有効である可能性も考えられるとしている。

(デイビー日高)

[マイコミジャーナル]

参照記事

トップへ戻る
inserted by FC2 system inserted by FC2 system