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脳科学者  澤口俊之氏による脳科 学情報

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基礎生物研、脳神経系に発現する分子「APC2」が脳の層構造を作ると解明

マイナビニュース 5月10日(木)19時10分配信

基礎生物学研究所(基礎生物研)は5月9日、脳神経系に発現する分子「APC2(Adenomatous polyposis coli 2)」の遺伝子を欠失させたマウスを作成し、その脳における異常を解析した結果、神経細胞の移動に異常があり、大脳皮質、海馬、小脳などのさまざまな領域で、神経細胞の正常な層構造が形成されないことを見出したと発表。

併せて、APC2が細胞外の細胞移動を導く情報を、細胞運動に必須である「細胞骨格」(アクチン骨格・微小管)のダイナミクス(形成・分解・安定化)に正しく反映させるという重要な役割を果たしていることが明らかになったことも発表した。

成果は、基礎生物研 統合神経生物学研究部門の新谷隆史准教授と野田昌晴教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、5月9日付けで神経科学専門誌「Journal of Neuroscience」に掲載された。

個体の発生過程において、神経管の内側で細胞分裂により誕生した未分化な神経細胞は、外側に向かって移動し正しい位置で止まることによって、脳が形成される仕組みだ。移動中の神経細胞は、細胞外に分布する神経細胞を誘引、あるいは反発させる因子に応答して、正しい経路を選択することで、目的の場所に到達すると考えられている。

一方、細胞内では、「アクチン」や「微小管」などから構成される細胞骨格のダイナミクスが細胞移動に必須の働きをしている。

細胞表面で受け取った誘引因子や反発因子の情報は、最終的に細胞骨格に伝えられることで、それらの因子に応答した適切な細胞移動が生じると考えられている。しかしながら、このような細胞外からの情報を細胞骨格に伝える仕組みはよくわかっていない。

ちなみにアクチンとは細胞骨格を構成しタンパク質の1つで、真核細胞に最も多量に含まれるタンパク質である。微小管は、ダイニンやキネシンの運動の軌道となるタンパク質フィラメントだ。

APC2は、がんの発生を抑制する遺伝子であるAPCに類似した構造の分子だが、すべての細胞で発現するAPCとは異なり、主に神経系に発現している。研究グループは以前に、APC2が微小管に結合し、その安定性を制御することを明らかにしていた。また、ニワトリの視神経投射系を用いた実験により、神経の軸索が正しい場所へ伸長する上で重要な役割を果たしていることも明らかにしている。

研究グループは、今回、APC2遺伝子欠損マウスを作製し、脳神経系の異常についての解析を実施した。その結果、大脳皮質、海馬、小脳、嗅球などのさまざまな脳の領域で、層構造が正常に形成されていないことが見出された(画像1)。また、これらの層構造の異常は、誕生した神経細胞が秩序だった細胞移動を行えず、ランダムに移動することによって生じたことを明らかにした。

画像1は、APC欠損マウスの脳で観察される層構造の異常について、正常マウスと比較した画像とその模式図だ。Aは大脳。正常マウスは異なる神経細胞集団が積み重なったきれいな層構造をしているが、APC2を欠損したマウスでは、これらの細胞集団が混じり合って分布している。

左の画像は多形細胞の染色像で、正常マウスにおいて多形細胞は最下層に分布するのに対し、APC2欠損マウスにおいてはほかの層にも広く分布しているのがわかるはずだ。右の模式図は、さまざまな解析から明らかになった両マウスの大脳における神経細胞の分布を示す。本来なら層構造をなす各細胞が、ランダムに混じり合っている。

Bは小脳。正常マウスでは、「プルキンエ細胞」と「顆粒細胞」が異なる層を作っているが、APC2欠損マウスでは、プルキンエ細胞の配置が乱れると共に(矢印)、多数の顆粒細胞が分子層にも分布している(矢頭)。

なおプルキンエ細胞とは、小脳皮質に存在する大型の神経細胞のことだ。小脳皮質の信号を小脳核を介して大脳、脳幹、脊髄に送り、円滑な運動を行うために重要な働きをしている。そしてそのプルキンエ細胞と連絡しているのが、同じく小脳皮質に存在する顆粒細胞。こちらも神経細胞の1種で、細胞内に顆粒状に見える。

発生期のAPC2欠損マウスの脳より神経細胞を取り出し、細胞移動について詳細な解析を行ったところ、APC2を欠損した神経細胞は、移動能(スピードなど)の基本的な能力を保持していたが、誘引性因子や反発性因子に応答して、運動を制御する能力を欠いていることを見出した。またAPC2が微小管に加えて、アクチン骨格にも結合し、その制御を行うことも新たに確認されている。

APC2はこのように、細胞外の情報を細胞骨格の制御に正しく伝えるという、非常に重要な役割を果たしていると考えられる(画像2)。これまで、誘因性因子や反発性因子の欠損、それら因子の受容体の異常、細胞骨格自身の形成異常等で正しい細胞移動が起こらないという報告はあったが、今回のように情報の伝達に関わる分子が同定されたのは初めてのことだ。

画像2は予想されるAPC2の働きを示した模式図。移動中の神経細胞では、リーディングエッジ(神経突起の先端部)が移動する方法を決定している。誘因性あるいは反発性因子は、リーディングエッジの細胞膜上に存在する受容体に結合し、APC2へ情報を伝える仕組みだ。APC2は、受け取った情報に従って、リーディングエッジ内の微小管及びアクチンの生成・分解・安定性等を制御していると考えられている。

APC2欠損マウスは、運動機能の異常や、てんかん発作などの異常を示すことから、ヒトにおいても神経細胞の移動の異常によって同様の疾患が発症すると考えられるという。研究グループは、今回の成果が、その発生の仕組みの解明や治療法の開発につながる可能性があるとしている。

(デイビー日高)

[マイナビニュース]

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